地方ほのぼの新聞
生活人語
不定期更新

6月13日(金)の予定 他(雑感)

(1)本日のカルチャーは男の日舞です。

(2)A土俵、B土俵の考え方を介護保険制度を例に書いてみます。この制度は法律によって制定されていますのでA土俵の制度です。しかしこの制度の利用者は、要介護を前提で制定されました。私はNPO法人設立時、その設立趣意書に「この制度には介護予防が入っていない」ということで、NPO法人の定款に介護予防として現在のような生涯学習を入れたのです。すると、やがて、介護保険制度に介護予防が加わりました。しかし介護予防は、私の発想では、B土俵で市民が知恵を出して頑張ればいい分野なのですが、法律のA土俵で行い始めたところに現在の複雑さがあります。しかも厚生労働省と文部科学省のタテ構造も問題を複雑にしており、ここでは全てを書ききれません。私の思いは法律(A土俵)を守りながら、B土俵を徐々に大きくし、法律に影響を与えていくことなのですが・・・。A土俵は人間の命に直接かかわること・・・、B土俵は人間の命に直接には関わらないこと・・・なのですが・・・。HU

2025/06/13
トピック
個人ブログの記事を紹介

桜の咲く頃に思うこと

この数年、桜のシーズンになると心穏やかではない。今年はどこの桜を見に出かけようかと心落ち着かず、あせりさえ感じるのである。
以前は、あたりまえのように桜の花が咲き始め、あたりまえのように散っていった。我が家の住居の近くに見事な桜並木があるからであろうか?若かりし頃は実家が国立駅から近いこともあり、一橋大学通りのそれはそれは立派なさくら並木を歩いていたせいであろうか?もしくは桜を見ることよりも子供の成長に心奪われていたせいかもしれない。いずれにしても、この時期はいつも比較的幸せであり、希望に満ち溢れていたような気がする。しかし一度だけ悲しく暗い気持ちで満開の花を見たことがある。いつも元気で活発であり、7人の孫たちを等しく愛情を注ぎ世話をしてくれた母が、おかしな行動を見せ始めたその年、定年後、母にたよりきっていた頑固で強い父を連れ、本土時に桜を見に行った時である。あびるような太陽の光を受け、まばゆいほど美しい桜を見ても心が晴れることはなかった。その年の8月、母のほうが先に逝くと兄姉皆思っていたが、父のほうが先に逝ってしまった。
今私も六十代に突入し、身体に不安がでてきた。しかし今年も娘の住む京都に行き、見事な桜を見ることが出来た。これからも桜のシーズンがあたりまえのように到来することを祈っている。

2009/04/12
ほのぼの写真

撮影場所: