地方ほのぼの新聞
生活人語
不定期更新

11月27日(水)の予定 他(雑感)

(1)本日のカルチャーはレクダンスです。

(2)生活人語を更新しました。難しい内容ですが、私がNPO法人を設立した動機などを
   シリーズで纏めておりますので、少しでもご理解して下されば幸いです。
   この「地方ほのぼの新聞」と称する独自SNSを始めた頃は、毎日、投稿しておりました
   が、やがて加齢と共に週に1回、そして随時と、投稿回数が減ってしまいました。
   しかし、まだ、こうして投稿できることに感謝しなければならないと思っています。HU
   

2024/11/27
トピック
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臓器移植

改正臓器移植法が成立した。この問題が取り沙汰される度に、感慨深く思い出される体験がある。表裏一体の「生と死」の難題は、自分に置き換えて考えるほど、確たる答えは遠のいていく・・・

かつての職場で、重い心臓障害のため、移植以外救われぬ、長女を抱える友人がいた。勝気さを秘めた内向性ゆえに、多くを語らなかったが、医学の進歩に望みを託した執念の鬼!さながらの、強烈な(母)親心を見せつけられたものだった。
やがて病院前に転居し、祖父母のカンパで渡航したものの、ドナーが現れず、無念の帰国。暫く入っていた情報…<長女は、苦労して医学部入学を果たしたが、体力不足で書道へ転向。「僕が治してあげる!」と約束してくれた同級生の医師と結婚したこと。妹弟も医療関係の仕事を選んだ等>も、途絶え、40代になっている筈の、長女の安否が気遣われる。不運にめげず(だからこそ)頑張り抜いた一家の肖像は、ずっと生きる証しを発信しているかのようである。

そして「脳死」。なんと重く、残酷な言葉であろうか・・・37年前の秋、夫は大阪の専門病院の待合室で倒れ、3日後に急逝した。脳死の宣告を受けてからも、スポーツマンだった強靭な心臓は、丸1日動きを止めなかった。カナダからの末弟と、無言の対面を終えるまでは…
まだMRIのない時代、原因究明のため、脳の解剖を主治医に懇願され、賛否渦巻くなか、私に委ねられた決断(遺体を傷つける行為)は、後あとまで身内に禍根を残す結果となった。病名は、手術不可能な脳幹部腫瘍、と判明。
3歳と10代の若者の交通事故死の時も、臓器摘出なぞ論外!!の悲惨な状況であった。
実家の母も脳血栓で意識を失い、脳死が先行した。最後に駆け付けた親不孝者の必死の呼びかけに、三途の川辺で流した、ひとしずくの涙の奇跡!?温もりの感触を、どうして断ち切れようか・・・
脳死から心肺停止までの期間は、小児ほど長いそうである。年齢制限を無くし、15歳未満の子に、国内での道が開けたことは、朗報に違いないが、一律に「脳死は人の死」とした前提には、疑問を抱かざるをえない。
意思表示の有無にかかわらず、家族に苦渋の選択を強いる、計り知れない影響力、ケアの大変さは、実感するまでもないこと。救急医の倫理の確立や、医療体制の充実などなど、識者の指摘は鋭く、ひとつひとつ胸に迫ることばかりである。
審議不足で、大きな課題が残る以上、理解者は増えないともいわれている。時間勝負で待ちわびる人たちのために、政治家には、双方がらみの柔軟な姿勢で、真剣に取り組んでいただきたい。
話は逸れるが、仏教王国ブータンでは、生存中は大事にされるが、死後は1個の物体として扱い、「鳥葬」で、高い山の岩に打ちつけ、砕いた骨を楽器に。頭蓋骨はお椀として身に着け、使うそうである。
また、親しい医学部元教授の「絶対に献体しない!」意味深発言から、連想させられる現場とは??
お国柄や、日本人の死生観はそれぞれでも、“みとり”は誰もが直面する場面。今、クローズアップされている数々の問題点に、人として立場を換え、想像力をかきたてながら、関わってみたい気持ちでいる。
単純・素朴な、せめてもの願い…(法律化は無理でも、善意の提供者が、命の行方をそっと見守れる権利が認められたなら? 救われた本人や家族が、次は、健全な目の一つでも役立てられるような、命のリレーへの淡い期待?)は叶えられないものだろうか・・・
必ず訪れるその時に備えて、尊厳死も含め、あれこれ思いあぐねるこの頃である。

2009/07/16
ほのぼの写真

『作品集 美の恵み...

撮影場所:
2024/10/28